無血清培地へのYeastlate添加によるsf-9細胞の増殖率・タンパク産生量向上の検討

■編集:NPO法人サイエンス・コミュニケーション
■実験協力:お茶の水女子大学サイエンス&エデュケーションセンター 佐々木加代子

概要

sf-9昆虫細胞はバキュロウィルスによるタンパク質の大量発現に使用される細胞である。sf-9細胞は培養にCO2が不要であり、インキュベーターのみで手軽に培養が可能である。またバキュロウイルスは脊椎動物・植物には感染せず、組換え型ウイルスは外界で容易に不活化されるため安全性が高い利点をもち、sf-9とバキュロウィルスの組み合わせにより手軽に真核生物のタンパク質発現系を使用することができる。
sf-9細胞の培養にはグレース培地等の基礎培地に5〜10%の血清を加えたものが古くから使用されているが、コストの削減や不要なタンパク質の混入を避けるために、近年数多くの無血清培地が開発され使用されている。血清の代わりにLipid emulsionやpeptone等のタンパク質加水分解物、yeastolateの添加などが行われており、中でもyeastolateはsf-9細胞の増殖やバキュロウィルス感染によるタンパク質産生効率の向上に大きな効果があることが知られている。
本実験では、組成が公開されているsf-9細胞用の無血清培地IPL-41mediumにyeastolateを加え、sf-9細胞の増殖率やタンパク質産生量の大幅な向上を確認した。
また、培地に加えるyeastolateにはエンドトキシン等を除去するためにMW 10K以上の物質をCutoffする限外ろ過処理が必要であるが、予め限外ろ過済みの製品を使用した場合と、非限外ろ過製品を自ら調整した場合とも併せて比較したので紹介する。

材料と方法

細胞・培地・試薬


  • Bacto™ TC Yeastolate
    (イーストの自己分解産物。以下Yeastolateと表記する。Becton Dickinson, 写真左)
  • Difco™ TC Yeastolate, UF
    (イーストの自己分解産物を限外ろ過し、10K以上の物質をカットオフ済みの製品。以下Yeastolate UFと表記する。Becton Dickinson, 写真右)
  • sf900-II SFM (Gibco)
  • IPL-41 medium (Sigma)
  • 10% Pluronic F68 solution (Sigma)
  • ×1000 Lipid Mixture (Sigma)
  • sf-9細胞(sf900-II無血清培地に馴化したもの)

Virus Stock液

  • バキュロウィルスのストック液は、お茶の水女子大学の宮元泰則先生に分与頂いたものを増幅し使用した。
    VitronectinにHis-tagと細胞外分泌シグナルを融合させた組み換えタンパク配列が組み込まれている。
    ウィルス感染により産生された組み換えタンパクは培養上清中に放出される。Titer:2×108

フィルター、限外ろ過デバイス、容器

  • 10K 限外ろ過デバイス (Pall)
  • シリンジフィルター 0.22μm(滅菌済み)、0.45μm (Pall)
  • 1500mL ガラス製三角フラスコ

機器

  • ガス供給可能な恒温振とう培養機(CO2-BR-40LF、タイテック)

    *細胞培養中、実験室内の光が細胞へのストレスとなる可能性があるため、インキュベーターに遮光カバーを被せた。
  • ボルテックスミキサー

実験方法

<IPL-41 medium の調整>
IPL41 complete mediumの調整法はInlow et al, 1989の方法に従った。
  1. Yeastolateの調整
    Yeastolate、またはYeastolate UF 10gに約90mLの蒸留水を加え攪拌する。

    室温でよくスターラーで攪拌し溶かす。
    Yeastolate UFの方が若干水に溶けやすい。ビーカー壁面に粉末が付着しやすいので注意すること。
    粉末が溶けたら溶液を約60度に暖め(今回は電子レンジを使用した)さらに5分間スターラーで攪拌し、氷水上にて室温まで冷やす。
    100mLまでメスアップする。
    この時点でYeastolate、Yeastolate UF溶液の外見に差は無い。

    ・Yeastolateは上記手順で水に溶かした後、0.45μmのシリンジフィルターでろ過する。
    ろ過後、10K限外ろ過デバイスを通しMW 10K以上の物質をCutoffする(以下Yeastolate 自家UFと表記)。

    写真左:0.45μmのシリンジフィルターでろ過しているところ。
    0.45μmのバキュームフィルターボトル等を使用してもよいが、その場合泡立ちやすく少々煩雑である。

    写真右:限外ろ過デバイスにセットしたところ。
    ろ過後の容積は元の9割程度になった。

    限外ろ過後、クリーンベンチ内で0.22μmの滅菌済シリンジフィルターに通し、ろ過滅菌する。使用まで4℃にて保存。

    ・Yeastolate UFは既に10K限外ろ過済みの製品である。前述の手順で水に溶かした後、クリーンベンチ内で0.22μmの滅菌済シリンジフィルターに通し、 ろ過滅菌する。使用まで4℃にて保存。

    調整後のYeastolate溶液。
    限外ろ過時の濃縮度の関係か、Yeastolate自家UFの方が若干色が明るい黄色になった(薄くなった?)。

  2. Lipid Emulsionの調整
    50mL容積の遠沈管に、5mLの10% Pluronic F68 solutionを分注する。37度のウオーターバスで30分間以上温める。 15mL容積の遠沈管に、500μLの×1000 Lipid Mixtureを分注する。37度のウオーターバスで5分間以上温める。 暖めたPluronic F68 solutionとLipid Mixtureをクリーンベンチ内に運ぶ。 Lipid Mixtureを強くボルテックスしながら(ボルテックスミキサーの目盛り:6程度で)、一滴ずつPluronic F68 solutionを加える。溶液は最初白色だが、 Pluronic F68 solutionを加えるに従って透明になっていく。最終的に透明〜淡い乳白色になる。

    Lipid Mixture にPluronic F68 solutionを加えているところ。
    ベンチ内にボルテックスミキサーを入れる際には、70%エタノールを染み込ませた紙でよく表面を拭いてから入れる。

    *調整に失敗すると、目に見える不溶微粒子が多数浮かんだ曇り色になるので注意。
    写真左側:失敗したもの。濃く白濁している
    写真右側:成功したもの。透明〜淡い乳白色になる

    失敗する要因としては
    ・Pluronic F68 solutionを加えるのが早すぎる
    ・逆に遅すぎて溶液が冷めてしまう
    ・攪拌が不十分である
    ・溶液が十分に温まっていない などが考えられる。

    *全体を半量として、10% Pluronic F68 solution 2.5mL/×1000 Lipid Mixture 250μL で行ってもよい。

  3. Bで作ったLipid Emulsion 5.5mL (要時調整)をIPL-41 medium 500mLに加え、素早く拡散させる。
    この培地を IPL-41(-)Yeastolate とする。
    IPL-41(-)Yeastolate 50mLに、Aで作ったYeastolate自家UF溶液またはYeastolate UF溶液を2mL加える(4g/L相当)。 この培地をそれぞれIPL-41(+)Yeastolate自家UF、IPL-41(+)Yeastolate UFとする。

実験1:各培養液での培養、増殖率の観測
  1. sf-9細胞を起こし、sf-900II SFMにて数代培養する。
    細胞は5×105cells/mlに希釈し、1〜2×106cells/mlにまで増加させて継代を行う。

  2. 1で培養した細胞をIPL-41(+)Yeastolate自家UFまたはIPL-41(+)Yeastolate UFで更に2代培養する。

  3. 各細胞をIPL-41(-)Yeastolate 、IPL-41(+)Yeastolate 自家UF、IPL-41(+)Yeastolate UF に5×105cells/mlとなるよう移す。125ml培地/500ml三角フラスコで培養を行う。
    培養条件は 27℃、振盪速度110rpm、air25ml/min。

  4. 24時間毎にフラスコから一部を取りトリパンブルー染色。生細胞数,viabilityをカウントする。

実験2:各培養液での培養、ウィルス感染、タンパク産生量の比較
  1. 実験1の1〜2と同様にsf-9細胞を培養する。

  2. 各細胞をIPL-41(-)Yeastolate 、IPL-41(+)Yeastolate 自家UF、IPL-41(+)Yeastolate UF に1×106cells/mlとなるよう移す。

  3. バキュロウィルスのStock液をMOI:10となるよう加える。100ml培地/500ml三角フラスコで72時間培養を行う。
    培養条件は 27℃、振盪速度110rpm、air25ml/min。

  4. 72時間後に培養液を回収。1000rpm、5min遠心し上清を回収。
    4×S.Bを加え電気泳動用のサンプルとする。SDS-PAGE、ウェスタンブロッティングを行い、α-His tag 抗体で培養液中に産生されたVitronectinを検出した。

結果・考察

実験1:各培養液での培養、増殖率の観測
IPL-41(-)Yeastolate
IPL-41(+)Yeastolate 自家UF
IPL-41(+)Yeastolate UF
各培養液で培養した際のsf-9細胞の細胞密度、生存率を下のグラフに示す。





  • 0.5→1.2×106cells/mLになる時間で比較すると、
    (-)yeastolate :192時間
    (+)Yeastolate 自家UF :48時間
    (+)Yeastolate UF :55時間
    と各Yeastolateの添加によりgrowth speedが約4倍に早まった。

    また最大細胞密度も
    (-)yeastolate :1.2×106cells/mL
    (+)Yeastolate 自家UF :5.8×106cells/mL
    (+)Yeastolate UF :5.4×106cells/mL
    と各Yeastolateの添加により4〜5倍まで高まった。
    Yeastolateの添加が細胞の増殖に大きな影響を与えていることが判る。

  • 細胞の生存率に関しては、どの培養液組成でも120時間(培養5日目)まではほぼ等しく、90%以上の高い生存率を示した。これ以降、細胞の生存率は順次低下していく。

  • (+)Yeastolate 自家UFと、(+)Yeastolate UFにおいて
    (+)Yeastolate UFは限外ろ過済みのYeastolate製品を水に溶かして用いたものである。一方、(+)Yeastolate 自家UFは自ら限外ろ過デバイスで処理して使用した ものである。
    培養開始〜72時間まではほぼ同等の増殖率・生存率を示したが、以降は(+)Yeastolate 自家UFの方が増殖が速くなった。
    この増殖の差に関しては、予め限外ろ過済みのものを溶かした場合と、自ら限外ろ過処理を行ったものとでは、 Yeastolate溶液の濃度や組成が若干異なったのではないかと考えている(調整後の溶液の色が、Yeastolate 自家UF とYeastolate UFで若干異なったことから)。
    通常の培養・継代は5×105cells/ml→1〜2×106cells/mlにまで増加させて行う。培養開始48〜72時間でこの細胞密度に達するため、 通常の培養・継代にはYeastolate 自家UFとYeastolate UFどちらを用いてもよい。
    水に溶けやすく限外ろ過の手間がないYeastolate UFの方が使いやすいと考える。
    本プロトコルの組成で72時間を越える長時間の細胞培養を行う際には、限外ろ過の手間がかかるがYeastolate 自家UFを用いた方がよい。
    限外ろ過済みの製品Yeastolate UFを用いる際には、IPL-41 meduiuに加えるYeastolate量を振ると改善がみられるのではないかと予想している。

実験2:各培養液でのタンパク産生量の比較
培養液中に放出された組み換えタンパクをWestern Blottingにより検出した。
  • IPL-41(-)mediumにYeastolate 自家UFやYeastolate UFを加えると、バキュロウィルス感染によるタンパク産生量が大きく向上した。

  • (+)Yeastolate 自家UFと(+)Yeastolate UFでは特にタンパク産生量に差がない。
    本実験ではウィルス感染から72時間後に培養上清を回収している。前述の実験1においても、培養開始〜72時間までは(+)Yeastolate 自家UFとYeastolate UFで細胞の増殖率に殆ど差がなかった。
    細胞増殖、ウィルス産生ともに〜72時間まではYeastolate 自家UFとYeastolate UFのどちらを用いてもよいと考える。

まとめ

昆虫細胞sf-9用の無血清最小培地IPL-41(-)mediumにyeastolateを加えたところ、細胞の増殖率、ウィルス感染時のタンパク産生量ともに大きな向上がみられ、yeastolateの添加に大きな効果があることが示された。IPL-41 mediumとLipid Mixtureは、今回は市販の調整済みの物を用いたが、元論文によりいずれも組成が公開されている。各ラボにおける独自組成を工夫する際によく用いられている培地であるが、本培地での培養にはyeastolateの添加が非常に効果的であるといえる。
一般的に動物細胞の培地にyeastolateを加える際には、エンドトキシン等を除去するためにMW 10K以上の物質をCutoffする限外ろ過処理が必要である。Becton Dickinson社では限外ろ過未処理のYeastolateと処理済みのYeastolate UFを販売している。通常の培養と継代、〜72時間までの培養、ウィルス感染によるタンパク産生にはいずれの製品を用いても特に差は無い。Yeastolate UFの方が自ら限外ろ過する手間も費用も省けるため推奨される。
72時間を越える長時間の細胞培養を行う際には、手間はかかるがYeastolateを自ら限外ろ過調整して用いた方が細胞の増殖が早い。限外ろ過済みの製品Yeastolate UFを用いる際には、培地に加える量を振ると改善がみられるのではないかと予想している。

参考文献
Insect cell culture and baculovirus propagation in protein-free medium.
Inlow et al., Methods in Cell Science, 1989.
2009-09-29 17:16:41

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